『グランベルヌの鎧』

〜序章〜

みんなは嫌な事や面倒な事が起きた時に、誰かに物事を押し付ける事はないか?
そしてその押し付けられる奴ってのは大体決まってるんじゃないかな?
なんとなく、そんなオーラを持った奴。
それが、俺だ。
今回も、見事なほどに嫌な事を押し付けられちまった。
そして断りきれない俺の性。
参ったね。
今、俺はサラディンの街からクラントゥールの都に向かって馬車に乗っている。
サラディンの街は地方の街にしてはそれなりにまとまった街だ。娯楽場もあるし、近場の農村の中心地とあって市場も活気に溢れている。
俺は貧しい農村、ラトリー村の出身で、そのまま行けばただの農夫になっていたところだ。親父はもう、死んで居ない。畑は今は弟夫婦が耕している。俺は長男だったが貧しい暮らしに甘んじるのが嫌で家を飛び出した。
俺はサラディンの街で仕官し、ようやく端役人の職を得た。
場合によっては農夫よりも収入は少ないかもしれないが、日々の暮らしを保証されている。
サラディンの街は収穫期になると金色色の麦穂に囲まれる、とても美しい街だ。だが、クラントゥールの都は荘厳で、サラディンよりもさらにに美しいと聞く。
本来なら、今回の仕事は役得と思って良いのかもしれない。積み荷がこいつじゃなければ・・・。
護衛の者は6人。馬車を取り囲むようにして馬を駆っている。だが、俺もぎょうしゃも脅えている。
今回、俺が仰せつかった仕事は囚人の護送。
何でも都で断頭台に掛けるのだそうだ。
囚人の護送は危険が伴うので特別手当てが付く、だがそれなりに人気が高い。襲われる事は少ない上に、役目と言えば、送り先の領主に確かに送ったと言う証書を渡し、受取証を貰うだけ。楽な仕事だ。
当然今回もこの仕事は取り合いになるはずだった。だが、護送される囚人が奴だと知れると、皆尻込みをした。
いつもは取り合いになるこの仕事も、押し付けあう危険な仕事となった。
そういう訳で、俺は初めて都に行けると言うのに憂鬱な気分だ。
今回の囚人は、別に山賊の頭領であったり、領主に逆らった民衆に慕われている人徳者と言うわけでもない。
だから護送の途中に襲われる事はほとんど無い。
危険なのはこいつ、村二つをたった一人で虐殺、全滅させたと言うこいつ自身だ。
如何に巨躯であろうと、鉄の箱の中で鎖で雁字搦めに縛られたら何もできないと思うが、恐るべきことは、こいつに関わった者は災厄に見まわれると言う噂である。
事実、番兵二人が雷に撃たれて死んでいる。
民衆の間では、“神に使わされた地獄よりの使者”などと囁かれている。
圧倒的な恐怖に向けられる眼差しと言う物は、神に向けられるものとさして変わらない。だが所詮は噂だ。番兵が雷に撃たれたのも偶然だ。しかし、偶然であるからこそ“死に誘う者”死神の御使いという噂も案外本当なのかもしれない。
そんな奴に見事に関わっちまった。無事に都に付けば良いが、都に行くまでには山二つと谷一つを越えなければならない。5日間の旅だ。
一度だけ、鉄壁の檻に付いた、ただ一つの細い覗き窓から顔を近づけずに覗いてみたが、何か獣のような相貌が睨み返しただけでどんな男が中に居るのかは分からない。
目を合わせたのは一瞬だったが、背筋が凍るようだった。そして二度と覗くまいと思った。生きて帰れるだろうか。



1.メルギョニンの森

陰鬱な空気が支配する森、その森は昼間でも陽光を通さぬ、絶対的な闇の支配する森であった。
この森は屍喰鬼やトロル等の魑魅魍魎が出没すると言う噂がある。
しかし、この森に入ればそんな噂も信じたくなる。